㊲ 久米歌と橿原入り

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土雲を討つ合図となった勇ましい久米歌の数々と、邇芸速日命の帰順。長い東征の果てに畝火の白檮原宮で天下を治めるまでを、おばあちゃんと孫の会話でたどります。

🎵⛩️ 久米歌と橿原の都

忍坂の大室で、尾の生えた 土雲(八十建)が待ち構える 御馳走を振る舞い、歌を合図に 一斉に斬りつける(久米歌) 山椒の歌、細螺の歌など 勇ましい久米部の歌が詠まれる 兄師木・弟師木を討ち 鵜養部を呼ぶ歌を詠む 邇芸速日命が 宝物を献上して仕える 荒ぶる神々を平定し 畝火の白檮原宮で天下を治める 長い東征の旅がここに実を結んだ

「ばあちゃん、伊波礼毘古いわれびこ忍坂おさか大室おおむろに着いたときの話をもっと教えてぇな!」

「おおっ、忍坂に着いた時、そこで待ってたのは尾の生えた土雲つちぐもやったんや。強い者たちが岩屋いわやで唸って待ち構えてたんやで。」

「その土雲をどうやって倒したん?」

天つ神あまつかみ御子みこの命令で、御馳走を大勢の強者たちに振る舞ったんや。その料理人たちには、歌を聞いたら一斉に斬りつけるように指示したんや。」

「どんな歌やったん?」

「それがな、歌の内容はこうやったんや。」

「『忍坂の大きな土室つちむろに、人が数多く集まって入っている。どんなに多くの人が入っていても、勢い盛んな久米部くめべの兵士が、頭椎くぶつつの太刀や石椎いしつつの太刀でもって、撃ってしまうぞ。』って歌って、その後一斉に太刀を抜いて打ち殺したんや。」

「すごい迫力やな。他にどんな歌があったん?」

「その後もいろんな歌が詠まれたんやで。例えばこんな歌もあったんや。」

「『久米部くめべの者たちが垣のほとりに植えた山椒さんしょうの実は辛くて、口がひりひりする。我々は、敵から受けた痛手を忘れまい。敵を撃ち取ってしまうぞ。』とか、『伊勢の海の生い立つ石に這いまつわっている細螺しただみのように、敵のまわりを這い回って撃ち滅ぼしてしまうぞ。』ってな。」

「いろんな歌があったんやなぁ。他に何かあったん?」

兄師木えしき弟師木おとしきを討った時に詠んだ歌があったんやで。」

「その歌は?」

「『伊那佐いなざの山の木の間を通って行きながら、敵の様子を見守って戦ったので、我々は腹がへった。鵜養部うかいべの者どもよ、今すぐに助けに来てくれ。』ってな。」

「それで、伊波礼毘古はどうなったん?」

邇芸速日にぎはやひみことが天つ神の御子に参上して、宝物を奉ってお仕えしたんや。邇芸速日は登美毘古とみびこの妹、登美夜毘売とみやびめと結婚して、宇麻志麻遅うましまじを生んだんや。」

「それからどうなったん?」

「こうして伊波礼毘古はいろんな荒ぶる神たちを平定して、服従しない人たちを撃退して、畝火うねび白檮原宮かしはらのみやで天下を治めるようになったんやで。」

目次

今日のかみさま

名前読み方役割
邇芸速日命にぎはやひのみこと宝物を献上し、天つ神の御子に仕えた神様
宇麻志麻遅命うましまじのみこと邇芸速日命と登美夜毘売の子
久米部くめべ勇ましい歌を詠みながら戦った兵士たち

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この記事を書いた人

- 名前: トシ
- 年齢: 1965生まれ
- 職業: フリーランス
- 出身地: 大阪
-「神社巡り400社以上達成、御朱印収集と旅の楽しさをブログで発信」

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