こんにちは!今回ご紹介するのは、長野県の諏訪湖をはさんで鎮座する諏訪大社(すわたいしゃ)です。信濃國一之宮であり、全国に約1万社あるといわれる諏訪神社の総本社。上社の本宮・前宮、下社の秋宮・春宮という4つのお宮で「ひとつの諏訪大社」となる、全国でもめずらしい神社です。
この記事では、四社それぞれの御祭神と見どころ、古事記の国譲りとのつながり、6年に一度の御柱祭、そして四社まいりの御朱印とアクセスまで、私が実際にめぐった順番に沿ってご紹介します。

諏訪大社(すわたいしゃ)はどんな神社?
御祭神とご利益
お祀りされている神さまは、お宮によって少しずつ異なります。
- 上社本宮:建御名方神(たけみなかたのかみ)
- 上社前宮:八坂刀売神(やさかとめのかみ)
- 下社秋宮・下社春宮:建御名方神・八坂刀売神・八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)
主祭神の建御名方神は、大国主神の御子神。古事記では、国譲りの場面で建御雷神と力比べをした神さまとして描かれています(古事記㉔建御名方神)。八重事代主神も同じく大国主神の子で、国譲りの判断をゆだねられた神さまです(古事記㉓建御雷神と事代主神)。八坂刀売神は、神社の由緒では建御名方神の妃神としてお祀りされています。
ご利益について、諏訪大社の公式サイトでは「雨や風、水を司り、狩猟、農業、航海の安全、戦や勝負の神として祈願するもの枚挙に遑なく」と紹介されています。風や水の神、農業や狩猟の神、そして勝負の神として、古くから幅広い信仰を集めてきました。
4つのお宮で「ひとつの諏訪大社」
諏訪湖の南側に上社(かみしゃ)の本宮と前宮、北側に下社(しもしゃ)の秋宮と春宮が鎮座しています。公式サイトでも「四社で諏訪大社」とされ、お宮どうしに格の上下はありません。
神紋はどのお宮も梶の葉(かじのは)ですが、よく見ると上社は根が4本、下社は根が5本と、少しだけ違います。拝殿の幕やお守りなどで見比べてみるのも楽しいですよ。
本殿を持たない、自然そのものを拝む神社
諏訪大社の大きな特徴が、本宮・秋宮・春宮の3社には本殿がないことです。公式サイトでも「本殿を持たず、自然そのものを御神体とする」と説明されています。
- 上社本宮:背後の山(守屋山とされる)を神体山として拝む
- 下社春宮:杉の木を御神体とする
- 下社秋宮:一位(イチイ)の木を御神体とする
一方、上社前宮には本殿があります。昭和6年の伊勢神宮の式年造営で出た古材を受けて、昭和7年に建てられたものです。「四社とも本殿がない」と紹介されることもありますが、正しくは3社です。
国譲りに敗れた神が鎮まる地——古事記とのつながり
諏訪大社の物語は、古事記の「国譲り」と深く結びついています。
天照大御神の使者・建御雷神に国を譲るよう迫られた大国主神は、判断を息子たちにゆだねました。事代主神は従いましたが、もう一人の息子、建御名方神は力比べを挑みます。ところが、つかんだ建御雷神の手は氷柱に、さらに剣の刃に変わり、逆に若い葦をつかむように投げ飛ばされてしまいました。
逃げた建御名方神が追い詰められたのが、古事記に記された「科野国の州羽海(しなののくにのすわのうみ)」——現在の諏訪湖とされる場所です。建御名方神はここで「この地から他所へは行かない」と誓い、国を譲ることを約束しました。
神話では力比べに敗れた神さま。けれど、その神さまが鎮まった地は、いまや全国約1万社の諏訪神社の総本社となり、「勝負の神」としても祈られています。古事記を知ってから諏訪を訪れると、湖の見え方が少し変わるはずです。
この場面は、古事記㉓建御雷神と事代主神、㉔建御名方神、㉕大国主神の国譲りでくわしく読めます。建御名方神がどの家系の神さまなのかは、古事記の神さまの系図もあわせてどうぞ。
私の四社まいり——1日でめぐったルート
私が四社まいりをしたのは2017年9月。上社本宮 → 上社前宮 → 下社秋宮 → 下社春宮の順にめぐり、最後に春宮近くの万治の石仏を訪ねました。お昼前に本宮を参拝し、万治の石仏を後にしたのは午後3時前。1日で四社をまわることができました。
公式サイトでも「めぐりかたに決まりはありません」とされています。上社と下社は諏訪湖をはさんで約13〜15km離れているので、上社どうし・下社どうしをまとめて回るのが効率的です。
2021年9月には、雨の日にもう一度、下社の秋宮・春宮と万治の石仏を訪れました。この記事の狛犬と御柱祭の看板の写真は、そのときに撮ったものです。
上社本宮——布橋と四脚門、神の山を拝む中心のお宮

最初に訪れたのは、諏訪市中洲に鎮座する上社本宮。背後の山を御神体として拝む、四社の中心となるお宮です。
境内には国の重要文化財の建物が数多く残ります。四脚門(しきゃくもん)は、慶長13年(1608年)に徳川家康が大久保長安に命じて造営・寄進したもので、勅使門とも呼ばれます。約70mの屋根付きの長廊布橋(ぬのばし)は、明治維新までは大祝(おおほうり)という神職だけが通り、そのとき布を敷いたことが名前の由来です。
拝殿の前では、ちょうどご祈祷が行われていました。深い森に囲まれた境内に、静かな緊張感が満ちていたのを覚えています。

上社前宮——四社で唯一、本殿のあるお宮
本宮から東へ約1.5〜2km、茅野市宮川に鎮座するのが上社前宮です。御祭神は八坂刀売神。先に書いたとおり、四社の中で唯一本殿を持つお宮です。
本宮から近いので、上社の2社はセットでめぐるのがおすすめです。
下社秋宮——大しめ縄の神楽殿と青銅の狛犬

上社から諏訪湖をぐるりと回って、下諏訪町の下社秋宮へ。中山道と甲州街道が交わる宿場町にある、にぎやかな雰囲気のお宮です。
参道の正面に構える神楽殿は、天保6年(1835年)に二代目立川和四郎富昌の手で完成しました(国の重要文化財)。掲げられた大しめ縄は、御柱祭のたびに新しく作り替えられるもので、長さ約13m、重さは推定500kgにもなります。
神楽殿の手前には、青銅製としては日本一の大きさといわれた狛犬(高さ約1.7m)が控えています。参道脇には、樹齢数百年といわれる御神木「根入りの杉(ねいりのすぎ)」もそびえています。

奥の幣拝殿は、初代立川和四郎富棟が棟梁を務めた二重楼門造りの建物で、こちらも国の重要文化財。彫刻の細やかさに、思わず足が止まります。2021年に訪れたときは、手水舎の龍の口のそばに「御神湯」の札が立っていました。

下社春宮——杉木立に囲まれた静かなお宮と万治の石仏

秋宮から西へ約1km、歩いても20分ほどで下社春宮に着きます。秋宮にくらべて落ち着いた雰囲気で、杉木立に囲まれた境内はしんと静かです。
春宮の幣拝殿も秋宮とよく似た二重楼門造りで、国の重要文化財。入口の手前の道路にかかる下馬橋(げばばし)は室町時代の建立とされ、下社でもっとも古い建物です。遷座祭のときには、神輿だけがこの橋を渡ります。

春宮のすぐそばの「万治の石仏」

春宮の境内から朱塗りの浮島橋(うきしまばし)を渡り、砥川(とがわ)沿いに歩いて3〜5分ほど。大きな自然石に小さな頭がちょこんとのった万治の石仏(まんじのせきぶつ)があります。下諏訪町の文化財で、刻まれた銘は「万治三年十一月一日」です。
現地の案内板によると、明暦3年、諏訪高島藩主の諏訪忠晴が春宮に石の鳥居を寄進しようとした際、石工がこの石にノミを入れたところ血が流れ出し、驚いた石工は鳥居づくりをやめて阿弥陀如来を刻んだと伝えられています。芸術家の岡本太郎もこの石仏を愛し、何度も下諏訪を訪れたそうです。
万治の石仏のお参りの仕方

石仏の前には、下諏訪観光協会と下諏訪商工会議所による「お参りの仕方」の案内板が立っています。手順は次の3つです。
- 正面で一礼し、手を合わせて「よろずおさまりますように」と心で念じる
- 願い事を心で唱えながら、石仏の周りを時計回りに3周する
- 正面に戻り「よろずおさめました」と唱えてから一礼する
「万治(まんじ)」の名前は「万(よろず)のことが治(おさ)まる」に通じることから、物事を丸く治めて願いを聞いてくれる石仏として親しまれています。案内板には「春宮とゆかりのある石仏です。春宮へもお参り下さい」とも添えられていました。春宮とあわせてお参りしたい場所です。
ユーモラスな表情とアンバランスな姿は、一度見たら忘れられません。四社まいりの締めくくりに、ぜひ足をのばしてみてください。
御柱(おんばしら)と、6年に一度の御柱祭
四社の境内を歩くと、社殿の四隅に立つ大きな柱が目に入ります。これが御柱(おんばしら)です。

諏訪大社では、寅年と申年に「式年造営御柱大祭」、通称御柱祭が行われます。「7年目ごと」と数えますが、実際の間隔は6年ごと。山から切り出した樅(もみ)の大木を人の力で曳き、上社・下社にそれぞれ4本、あわせて16本を建て替えます。最大の柱は長さ17m近く、重さ約13tにもなります。
私が2017年に見た御柱は、前年2016年の御柱祭で建てられたものでした。2021年に訪れたときには、境内に翌年の「令和四年 式年造営御柱大祭」の大きな看板が掲げられていました。

次回の御柱祭は2028年(令和10年)です。
| 山出し | 里曳き | |
| 上社 | 4月1日〜3日 | 5月3日〜5日 |
| 下社 | 4月8日〜10日 | 5月12日〜14日 |
四社まいりの御朱印




御朱印は、四社それぞれの授与所でいただけます。どれも「信濃國一之宮 諏訪大社」に各お宮の名前が墨書きされた、力強い一枚です。四つを並べると、同じ「諏訪大社」でも筆づかいの違いがよく分かります。
諏訪大社の公式サイトでは、四社の御朱印を受けた方に「記念の品」をお渡ししているとされています。最後に参拝したお宮で、それまでの三社の御朱印を見せるのが一般的な流れです。記念品の内容は時期によって変わるようです。
| お宮 | 授与所の受付時間 |
| 上社本宮 | 8:30〜17:00 |
| 上社前宮 | 9:00〜16:30 |
| 下社秋宮 | 8:30〜17:00 |
| 下社春宮 | 8:30〜16:30 |
なお、初穂料や受付時間は変更される場合があります。確実に拝受したい方は、事前に公式サイトでご確認ください。御朱印の歴史やいただき方のマナーについては、参拝の証、神仏とのご縁を結ぶ一冊。御朱印集めの魅力や歴史、マナーまで徹底解説!でくわしくまとめています。
諏訪大社へのアクセス・基本情報
| お宮 | 住所 | 電話 |
| 上社本宮 | 〒392-0015 長野県諏訪市中洲宮山1 | 0266-52-1919 |
| 上社前宮 | 〒391-0013 長野県茅野市宮川2030 | 0266-72-1606 |
| 下社秋宮 | 〒393-0052 長野県諏訪郡下諏訪町5828 | 0266-27-8035 |
| 下社春宮 | 長野県諏訪郡下諏訪町193 | 0266-27-8316 |
| 名称 | 諏訪大社(すわたいしゃ) |
| 御祭神 | 建御名方神・八坂刀売神・八重事代主神(お宮により異なる) |
| 参拝時間 | 閉門なし(授与所は上の表のとおり) |
| 拝観料 | 無料(宝物殿は大人500円、共通券800円) |
| 公式サイト | https://suwataisha.or.jp/ |
最寄り駅と移動の目安
- 下社秋宮:JR下諏訪駅から約0.8km(徒歩10分ほど)
- 下社春宮:JR下諏訪駅から約1〜1.2km。秋宮からは約1km(徒歩20分ほど)
- 上社本宮:JR茅野駅から約3.2km(バスあり)、JR上諏訪駅から約6〜7km
- 上社前宮:上社本宮から約1.5〜2km
- 上社と下社の間:諏訪湖をはさんで約13〜15km(車で30分ほど)
参拝前に知っておきたい注意点
- 上社と下社は離れています。1日で四社をまわるなら、車かタクシーの利用がおすすめです
- 授与所の時間はお宮ごとに違います。四社の御朱印をそろえたい方は、時間に余裕を持って計画を
- 次回の御柱祭(2028年4〜5月)の期間中は大変混雑します。静かに参拝したい方は時期をずらすのも手です
- 境内の御柱や御神木は大切な神域です。触れたり登ったりしないよう気をつけましょう
最新の情報は、諏訪大社 公式サイトでご確認ください。
まとめ|諏訪大社は神話と自然が息づく、四社でひとつの聖地
本殿を持たずに山や木を拝む上社本宮・下社の二社、唯一本殿を構える前宮、そして6年に一度建て替えられる御柱——諏訪大社は、自然そのものを神として敬う、古い信仰のかたちを今に伝える場所でした。
国譲りで敗れ、諏訪の地に鎮まった建御名方神。その神話を知ってから四社をめぐると、諏訪湖をはさんだ4つのお宮が、ひとつの物語としてつながって見えてくるはずです。
古事記ゆかりの神社では、橿原神宮(奈良・橿原市)の御朱印とご利益|神武天皇が即位した日本建国の聖地もおすすめです。参拝の作法やパワースポットの巡り方は、【完全版】運気が上がる! 神社・パワースポット巡り方と神社参拝のマナーと流れを紹介|鳥居、手水舎、拝礼の作法もぜひ参考にしてみてください。
最後までお読みいただきありがとうございました。それでは、また次の御朱印の旅で!

コメント